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古文書資料

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2018年09月24日

古文書資料紹介 vol.3「写真<伊丹親賢他>」

伊丹資料(『平成7年度古文書資料目録1』所収、資料番号1019)

明治3年(1870)に撮影されたと伝えられる福岡藩士の写真。写真原板と共に残された板には7名の名前が墨書されています。それには、右から「梶原平十郎、澤木直士、藪貞樹、久野一枝(後ろに立っている人)、伊丹親賢(前に座っている人)、井上九郎、立花種規」と記されています。この写真は大組〈おおくみ、福岡藩家臣の格の一つ〉の伊丹家に伝来しており、写真中央で満面の笑みを見せている伊丹親賢が所持していたものと考えられます。伊丹親賢は、弘化4年(1847)に生まれ、文久2年(1862)に父景陽の跡を継いだ人物です。一緒に写っている若者たちも大組の藩士で、和やかな雰囲気で撮影された様子がうかがえます。
なお、伊丹資料の詳細については、『平成7年度古文書資料目録1』5頁所収の解題及び『伊丹家史料展 ある黒田藩士の記録』(福岡市民図書館編集・発行、1986)をご参照ください。
本資料は、当館2階の文書資料室にて閲覧して頂くことができます。
→本資料の出版物掲載など、詳しい利用方法はこちらhttp://toshokan.city.fukuoka.lg.jp/materials/old_datarooml/

2018年04月27日

古文書資料紹介 vol.2「肥前島原城攻寄手陣取之図」

伊丹資料(『平成7年度古文書資料目録1』所収、資料番号505)

寛永14年(1637)から寛永15年にかけて、島原・天草の領民が蜂起した島原・天草一揆(島原の乱)が起こりました。この時、幕府から九州諸藩に鎮圧のための出陣命令が下り、福岡藩2代藩主黒田忠之〈ただゆき〉も藩士を率いて出陣しました。
この資料は、出陣した諸藩の布陣図です。図の上部に一揆勢が籠城した原城本丸があり、下部に諸藩の陣所があります。黒田忠之の陣所は原城の南西方向にあたる図の下部右側にあり、黒田家が用いた「中白〈なかしろ〉」(上下が黒、中が白)の旗が見えます。
なお、伊丹資料の詳細については、『平成7年度古文書資料目録1』5頁所収の解題及び『伊丹家史料展 ある黒田藩士の記録』(福岡市民図書館編集・発行、1986)をご参照ください。

本資料は、当館2階の文書資料室にて閲覧して頂くことができます。
→本資料の出版物掲載など、詳しい利用方法はこちら 
http://toshokan.city.fukuoka.lg.jp/materials/old_datarooml/

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